歳時記
平成28年3月17日 今日は彼岸の入りです。
今日は、彼岸の入りです。うるう年なので例年より1日早い彼岸の入りとなりました。
ご存知かと思いますが、彼岸の中日は昼と夜の時間が一致し、お日様も真西に沈んでいきます。
そんな事から、私たちは、この世(此岸)とお悟りの世界(彼岸)が最も近づくと考え、ご先祖様や親しかった故人も身近に感じる事ができる素晴らしい感性を持っています。
春のお彼岸は、だんだん温かくなり多くの草木も芽吹き、生命の輝きを感じる季節です。
私の様に花粉症の方には憂鬱な季節でもありますが、それはさておき、春の生命の輝きを楽しみ自分の生きる力に換えていく事ができればいいなと思います。
写真の花は、ムラサキダイコンです。茶花に活け楽しむ事もできます。
平成28年1月15日 かき餅を作っています。

私が子供の頃は1月15日位までは「お正月」の気分がありましたが、今では世の中のスピードが速まっているためかお正月は三が日、長くて7日までの様な感じになっています。
さて、詳しく知りませんが、この地域ではお正月のお餅が乏しくなってきたら、味・色の付いた「のし餅」を作ってもう少しお正月の名残を惜しむ習わしがあるそうです。
先日、その「のし餅」を人から頂戴しました。少し切って焼いて食べたらたいへん美味しかったのですが、「かき餅」にして食べてみたいという話になり、妻が切って干しています。お正月気分はもう終わりですが、かき餅の楽しみはもう少し後までとっておきます。
平成27年11月11日 今年も参加「こころの祭 姫路」。
今年も盛会のうちに「こころの祭 姫路」終わりました。盛徳寺にご来場の皆様、有難うございました。
いつもの様に文覚上人と遺愛の石を公開した他、達磨さんをテーマに達磨像やお軸を並べお話し致しました。
そして今回は特別企画として登喜さんに「俳画表装作品」の展示をして頂きました。
いつもながらご来場の皆さんは熱心に話を聞かれ、また俳画の素晴らしい作品に一心に見入っておられました。
おかげさまで90名程の沢山の方がご来場下さいました。
またアドバイザーの網干地方史談会長さんが網干高校の地域の歴史学習の講師をつとめておられる関係で生徒さんらを引き連れてきてくださいました。生徒さん達も一生懸命メモを採り学習して次に回られました。私が高校生だった頃はあまり真面目に学習取り組んだ事がなかったので非常に感心しました。
いつも適切にサポートして下さる網干地方史談会長さん、そして俳画表装の力作を快く展示協力して下さった登喜さん、本当に有難うございました。
平成27年10月22日 魚吹神社 秋祭り 屋台大集合です。
秋晴れの下、宮の馬場(お旅所)に各村の屋台が大集合しました。
昨年のこの日は雨に降られ大変でした。今年は10月に入ってから快晴が続きますが、今日も男衆の熱気と相まってか暑いくらいです。
古代から続く福井荘(ふくいのしょう)の総宮でもあり象徴でもある魚吹八幡神社の例大祭です。
播州最大のこの祭りの伝統を守り且つ発展させ支えてきた民衆のエネルギーには圧倒されるばかりです。魚吹八幡神社を支えた熱き民衆の思いを、神社の梵鐘に刻銘した蒙山祖印禅師の伝えた歴史の光景は現在まで確実に受け継がれている様です。
平成27年10月13日 岡寺様の梵鐘、拓本です。
7月に上郡の岡寺様の梵鐘の銘が盛徳寺中興の蒙山祖印禅師によるものだという事を発見したと、少々興奮気味にお伝え致しましたが、今日は天気も良く風も少なかったのでその拓本を採らせて頂きました。
何しろ初めての拓本採りでしたのでモタモタしながら何枚かに及び1日かけての大仕事となってしまいました。
案の定、採れた拓本はムラだらけで、曲面の為かシワだらけののものとなってしまいました。それでも蒙山禅師の遺された貴重な銘文を採らせて頂けた達成感と充実感は相当なものでした。
この度は、騒々しく押しかけたにもかかわらず快く拓本を承諾して下さったばかりか、お忙しい中を1日手伝って下さったご住職や銘文の資料をお貸し下さった閑栖様、何かとお心遣いをして下さったご住職のご母堂様、本当に有難うございました。
平成27年7月23日 岡寺様で大発見です。
教区行事のお手伝いで赤穂郡上郡町の岡寺(おかでら)様にお伺いしたのですが、思いかけず大発見がありました。
岡寺様は、鎌倉時代から南北朝時代に活躍し建仁寺や南禅寺を歴住された五山僧雪村友梅禅師が開山され盤珪国師が中興された大変由緒のある古刹です。
鐘楼もあり雰囲気のある良いお寺で、今までも何度かお伺いした事がありましたが、梵鐘までじっくりと拝見させて頂くという事はありませんでした。それが、この度、境内でちょっと待っていた時、軍に供出された時に検査の為穿たれたと思われる五つ程の小さな穴の開いた梵鐘を痛々しいなと思いながら眺めていて、ふと記銘者の名前を見てみると、何と盛徳寺中興の蒙山さんのお名前である事に気が付きました。これは大発見と写真に収めさせて頂いた次第です。(UP画像では確認しにくいのですが・・・)
ここで蒙山さんのお名前に出会う事になるとは露にも思っていなかったので大変びっくり致しました。一旦供出された梵鐘が検査結果であるのか終戦の為であるのか分かりませんが鋳潰される事なく無事に元ある所に戻り、しかも現ご住職と仲良くさせて頂いているが為の奇跡ともいえる巡り合わせに感謝感激です。
(参照 蒙山祖印禅師)